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あなたのいまのしあわせ度は、どれくらいですか?

フロー心理学の調査によると、人は意識的に「自分はいましあわせだろうか?」と問われるまで、しあわせか不幸かといったことに無頓着でいます。

わたしは、なかなかいい習慣をつづけられないのは、これが原因の1つだろうと思っています。

徐々に、不幸になっていったり、徐々にしあわせになっていくことに、人は無頓着なわけです。ちょっとずつ不幸になる習慣をつづけていたとしても、自分に問わなければ無頓着でいつづけるので「気がついたときにはたいへん」ってことにも。

逆に、せっかくしあわせが増していってるのに、そのことに無頓着で「しあわせな習慣をやめてしまう」ということもあると思います。

人生も、ドラクエ(ゲーム)とおなじで、レベルアップするタイミングが決まっています。敵を倒していくと、あるとき「タラララッタッタッタ〜」とレベルアップします。

敵を倒すごとにレベルアップするわけでなく、何匹(頭?)か倒すと、あるときレベルが上がって、つよくなったことが実感できます。「敵1匹倒したんやからちょっとはつよくなってるはずやんっ」と思ってみても、それは、実感できるものではありません。

人生も、レベルアップする瞬間というのがありますが、そのときのしあわせ感や充実感と、ふだんのしあわせ感とは質がちがいます。「敵1匹倒したよ」というのと、「レベルアップしたよ」というのは質がちがう。

レベルアップしたときのよろこびは、もちろん大きいんですが、「敵を1匹倒した、2匹倒した・・・」という経過も楽しめないと、人生、途方にくれます。いったいなにをやってることやら・・・って。

10匹倒せば、レベルアップなのに・・・、9匹倒すまでにやめてしまうってことになります。

人生をあきらめてしまわないためにも、「いま、わたしはどれくらいしあわせか」を問いつづけて、鋭敏に感じ取る必要があります。

そこで、30日間、つぎのような「しあわせチェック」ができるメール送信システムをつくりました。


送信される内容

20xx年xx月xx日 (お名前)さま こんにちは。 いまのしあわせ度は点数にすると何点ですか? もっとしあわせでいるためにできることはありますか? まわりをよく観たり、内面を観察してみたりしてはいかがですか。 なにか氣づきがあれば、けんさんのアドレスにメールしてみるのもいいかもしれませんよ。 (ご登録メールアドレス表示) ※このメールの受信停止を希望される方は、下記URLをクリックしてください。 (解除URL:画面上で「配信拒否」ボタンをクリックすると配信が停止されます。)


しあわせになろう

人は、しあわせなことはつづけたくなるし、不幸になることはさけようとします。快を求めて、痛みをさける・・・とも言われますが。

いずれにしても、やるべきことは、しあわせになろうとすること・・・ではなく、しあわせかどうかを自分で知ってあげることだと思います。

自分がどれくらい不幸か、あるいはしあわせかを認識せずに、なんとなく不幸な気がするからしあわせになりたいなぁ・・・というのは、う〜ん、ちょっと非効率に思うのです。 自分はこれくらい不幸、これくらいしあわせ・・・ということを知るだけでも、人生はしあわせなほうへと変化しはじめます。